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2006年9月19日
 ■ はじめてのオーストラリア編(世界を旅する)

5月からかなりのブランクが空いてしまいました。6月の出産より3ヶ月、ようやく復帰です。6月といえば、ワールド・カップに世界中がヒート・アップしていた時期でした。
日本―オーストラリア戦は、まさしくわたしが陣痛と戦っていた時間帯でした。産院行きも秒読み!の時、日本は勝っていたのですが。。。『魔の8分間』によって敗戦を見送った後、産院へと向かったのでした。(涙)
 ということで(?)、かなり苦しいこじ付けとなったのですが、今回はAUSについて話してみたいと思います!!
 AUSはわたしの大好きな国です。(とは言っても、これまで3度行きましたが、主に行ったのはシドニー周辺にブリスベン。)はじめて行った時は、わたしが16才の時、はじめての海外でした。若い時に海外へ行くと、きっと誰にでも大きな影響があるのだと思うのですが、わたしも例外に漏れることなく、自分にとっては自分を変えてくれた!というくらい大きな経験でした。
 そして、数多くのエピソードがあるのです。今回だけでは語りきれないので、3回に分けてお伝えします。
1.ホストマザー・ヘレン 2.AUSハイスクール編 3.シドニーオリンピック編
 AUSは大陸ひとつが丸ごとひとつの国というだけあって、国土が広い!それが地上に降り立ってわかるわけではないのですが、道路や景色を見渡すと、なぜか日本とは違って広々して見えたものです。当時(10数年前)から、バリアフリーの重要性は意識されていたので、そのせいもあったかもしれません。そして何より、人々のサイズも心の広さも、とてつもなく大きく感じました。多くの人が『超』がつく程フレンドリーで、寛大で明るい!!当時、我ながら結構ネガティブで悲観的だった自分の感じたこととはいえ、(日本人の)多くの人が同感してくれるのではないかと思います。本当に、驚く程、『細かいことは気にしない』のです。この『寛大さ』を表すエピソードをひとつ。
 わたしは16才の時、AUSでホームステイをしましたが、ホストマザーのヘレンはそれはそれは寛大で人のお世話が大好き!彼女のおかげで、英語なんて大して話せまいと、シャイだろうと、楽しい滞在期間を過ごすことが出来ました。『水事件』も乗り越えました。
 ある寒い朝の日のこと。顔を洗おうと洗面所の蛇口をひねったのですが、水が一滴もでないのです。何度も蛇口をあちらへ、こちらへとひねりますが、一向に出ません。ヘレンに聞いてみると、凍ってしまって出ないとのこと。諦めて洗面所を後に。その後、みんなで外出をし、夜に帰宅。ホストファミリーとおやすみの挨拶をして部屋へ向かうと、ヘレンが洗面所の方から浮かない顔で、わたしに告げました。なんと、わたしは朝蛇口を、あろうことか全開にした状態で止めていたらしかったのです。『オーストラリアは水を大事にする国』とは、ガイドブックで散々勉強して旅立ったというのに、とんでもない水の無駄遣いを自らしてしまったのです(号泣)。追い討ちをかけるように、一度蛇口を止めると、ポンプがばかになってしまったのか、水が全く出ない状態に!?修復しようとする、いつもは物静かなホストファザー、マイクは、思うように直せず激怒(わたしにではなくポンプに)。人前では全くと言っていい程泣かないわたしも、この時は泣きました。申し訳なさ、恥ずかしさ、マイクの怒りぶりにノ部屋に引き篭もって泣くわたしに、ヘレンは筆談で懸命に慰めてくれます。(日本人は英語を話せなくとも読める!ということはヘレンも承知だったようです。)小さな紙切れには、"Don't be sad. If you feel sad, we are all sad."
と書かれ、ようやく顔を上げたわたしにこう言います。"Tomorrow, we will all forget it. So you forget it, too. OK?"
 大したエピソードではないと思われるかもしれません。ですが当時、高校生で、日々テスト、テストで、なんだか周りも全然見えていなかった心の小さなわたしには、大きな大きな感動をもたらしたのです。本当に、『人のやさしさに触れたなあ』と今思い出しても、心温まる出来事です。(ちょっと自分の世界に入ってます。すみません。)
 次回は、ハイスクール編。当時の日本(そして田舎の高校)ではあり得ない光景がとても新鮮だったいくつかのことについて触れたいと思います。(でもそれは、今の日本でも普通にあることなのかもノ?)

ユキクロ

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